塩加減いかが?

自分のイイ塩梅を求めて〜気ままな忘備録

my favorite,your favorite

わたしにはわたしの好きなものがわかる。

でもあなたの好きなものは知らないし、わからない。

「あなた」が何に反応してときめいて好きなのか、「わたし」にはわからない。

 

だって「わたし」は「あなた」ではないから。

 

どれが似合うかなと聞かれても

「わたし」が思う「あなた」に「

似合いそう」なものしか答えられない。

 

その中に「あなた」が反応するものがないなら、その他で「あなた」が反応するものを「あなた自身」が探すしかないんだよ。

 

わたしはあなたの反応するものを知らない。

わたしはわたしが反応するものしか知らない。

 

自分の好き嫌いは自分の羅針盤の針にしか示せない。そこに他人の羅針盤の針はいらない。

 

 

虹を見たかい?わたしはみたよ。

 



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昨日、虹が出た。

久しぶりに見たのは大きくて色がはっきりくっきりしてた虹、なんだけどスマホのカメラだとうまく撮れなかった。

補正なしの画像。

もっともーっと綺麗に大きな半円だったのに。

 

昨日は大好きな人の誕生日で

20180808の8並びで

ライオンゲートが開くという日に

まさかのでっかい虹が現れ

なんだかとてつもなくハッピー。

満たされ感半端ないっす。

 

この虹を見れたのって偶然にしちゃすごくいいタイミングの連鎖だったんだけど、あまりに出来すぎたストーリーなので、まるで計ったようにあの虹があの場所で見れたのはもしかしたら偶然ではなく必然、だったのかな?

この日にこの虹をみることをわたしはブループリントで決めてきたのかもしれない…なんて柄にもなくスピってしまった夕刻。

 

 


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虹の反対側の空は燃えるような空。

地球ってアートの塊、なのねぇ。


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あいとにくしみ

人の気持ちが離れていくときって

なんであんなにはっきりわかっちゃうんだろう。

温度かな?

あぁ、もうこの人と以前のような話ができないなとか、今までの気持ちが相手にはないんだなとか。

残酷なくらいはっきりわかる。

体感する。

けど、なんでかその違和感に気付かないふりしてなんとかして現状維持したくなる。

で、いろいろ試す。

でも、やればやるほど離れていってしまう。

 

あの【わかってるのにやめられない】感じはなんなんだろう。

なにが暴走しちゃうんだろう。

理性とか思考はなぜ利かないのかな。

 

自分との距離が近すぎるんだろうか。

自分のこと、俯瞰したら止められるんだろうか。

 

それとも止めなくていいのか。

いくとこまでいくのがそのときは最悪な事態でも、結果最高の事態になるかもしれないから。

心の赴くままいけばいいのか。

 

もしかしたら、かなしいとかさみしいとか言えてたら、態度には出ないのかな?

って今ふと思った。

 

 

暗さばかりだから光がみえる

ネガティ部出身なもので、思考の癖がほんっとに暗い。

でもね?生まれおちた時はぱっぱらパァン設定なはずなの。

本来はお花畑脳でなにも考えない、人間なのになぜ今までこうなんだ?

 

わたしの在り方が変われば現状も見え方変わる?

勝手に複雑化してるだけかな?

ってゆーことにしていい?

 

怖いから!(笑)

 

推しがね?

不穏なんす。ここんとこ。

ここにこんなこと書いたことないけど。

なんか急に書いておきたくなってさー。

落ちつかなくて、ちょっと怖いから(笑)

 

自分の人生に集中せーよ!と宇宙に言われそうだけど、袖触れあうも他生の縁ていうじゃないすか。

なんでか他人事に思えなくてね。

この1ヶ月くらいかな?

どうも気になって気になって仕方なくて、オタク気質全開で掘り下げてしまった事柄があって。

 

自分でも引くくらいなんでか気になるわけ。

何個か前の日記に、鈍感力の素晴らしさ~みたいなの書いてるのに!

スルーして脳内お花畑でも見てりゃいいものを!!

傍観できんかったのよね、様々なこと。

 

ほんと、知らなくていいことたくさんある。

と今回心底思った。

気づかなくていいこともたくさんある。

 

私は固定ファンのお嬢さんたちより年上…いや、おかあさんな年齢なものだから(笑)

少しだけ経験と知識?が年の功だけあって。

今までのオタク歴からするといろんな分野の様々な出来事に遭遇してきたと思うの。

そのどの角度でもみられますよーみたいな自負が砕かれて、今の状況が、なんというか…切ない通り越して苦しいになり、今はなんだか怖い((( ;゚Д゚)))になってしまったという…。

お嬢さんたちのようにキャッキャして騒げるくらい軽かったら救われるのに。

年の功、つらい。

 

ほんとにここ数年、妄想が妄想じゃなく現実の世界になるってどゆこと?

妄想世界っていうのどこいったの?

 

なんのこっちゃだけど、この怖いっていう気持ちを吐き出したかったの。どこかに。

 

泣きたい…つか泣いてる実は…。

 

違和感の覚え書き

同世代の価値観があまりに保守的だとびっくりする。

若い頃は古風な考えって括りで受け入れられていたことも、

時を経て大人になった今、

同じ感覚で"古風な"考えを口にされてもそれは若さがなくなった分、

「若いのにしっかりしてる」というより

「しっかり大人になった=OJNになった」固さ古さに仕分けられないか?

 

あら、お粗末だわって思った。

守られた中で小さな頃から仕事をしてきて、

同じような環境の子たちのように擦れることもなく、

周りの大人たちには結構恵まれていると端から見て思っていたのに。

世の流れを全く感じないほど固まった価値観披露なんて…!

こんなに多様化しちゃってるのに!

しかもその多様化を担っていると思ってたのに。

独自の世界観を確立したように見えてそれは単なるポーズでしかないっていうことなのかな?残念。

ファッションなのね、きっと。

思想もアートも。

本来の自分から出ているものではなくて、なにか外側のことを意識したパフォーマンスなんだね。

見抜けなかった自分よ、出直せ。

 

・家事がキツいからもう嫁をもらいたい

・嫁に(家事と家のこと)やってほしい

・仕事で忙しい自分の代わりに母の様子を見ててほしい

etc

 

これらの言葉が、女性という存在に対してそして妻・母という存在に対して

尊重のかけらもない発言っていうことに気付いていない時点でアウトかな?

(女性という存在が好きではないのかな?とも思うけど。ちょっとヘイト感じる…w)

もし本気でこういった人材を求めているのならそれは「身体が女性」の人ではなく、

「家事」「介護」のプロを探した方がよろしいかと。

なぜそれを「嫁」という役割の人にやってもらいたいのかしら?

強いては「おかあさん」のような愛情で自分を可愛がって愛してほしいのかしら?

 

「母」の愛と「他人」の愛は完全に別ものだよ。

おんなもおとこも、この地球上の生き物は「ママとママじゃないヤツ」っていう認識で生きているんだよ。無意識下で!

「ママ」の代わりはないのじゃ。残念ながら。どこにも。

それ混同して40近くまできてるんだとしたら…こわい…!

そりゃおつきあいもむずかしいことでしょう…。

全て「母の愛」が基準なんだもの…。

 

 

妻って自分の分身でもないし、ましてや使用人でもないんだよね。

これ当たり前だって思ってたんだけど違うのかな?

あ、そういう扱いを望んでる人もいるのかもしれないのか。

破れ鍋に綴じ蓋…

何かの代わりに夫の手となり脚となって家を切り盛りし、

家のこと夫の世話子供の世話を生き甲斐とし、

自分の人生ではなく何かの役割、誰かのためを生きることを選択する人。

それがおんなです!っていう人もいるのか?

そういう価値観てとっくに滅亡したと思ってたんだけど。

人のふんどしで相撲を取れる時代は終了してます。

自分のふんどしを締めて相撲とる!

立場がどうであろうと「自分」の人生は「自分」のもの。

役割が増えるだけで中身は変わらず「私」だよ。

 

 

 

 

ここ数ヶ月で自分の中の何かが変わってしまってのぅ…

ごまかしがきかんというか…

今までかなりの色眼鏡で見てきたんだって思ったですよ。

それがもう、効力なくて。

何十年と見てきたものがいきなり色褪せてしまった。

そんな自分にショックなんだけどね。

自分を粗末にしすぎて。

だって、色褪せてたはずだもの。

それをごまかし続けてきたのは彼らでなく自分。

惰性というださい感覚で。

 

違和感が

湧いてきたなら

無視すんな

 

 

 

 

 

 

 

唸るだけっす

昨日から急に思い立ってこの6年間くらいのノート&メモ整理をしてる。

ウソ、10年だ…オーラソーマを学び始めたときのノートもあるもん。

時の流れオソロシイ…。

 

しかし、必死だったのかね?(既に他人事)

なにか答えを欲してたんだろうな、っていうのがよく伝わるノートの量とメモの量。

ちょっとあの時代の自分が愛おしくなった。

その必死さのおかげで今、こんなぱっぱらぱーにでれーっと生きてます。

なので、大いに必死に苦しくなって逃げようとしてもがいてください。

未来は安泰!大丈夫だから。

 

ヒントは何回出てくる。

おなじことを何度も何度も。

本当に親切!宇宙の流れは。

(いや、いい加減学習して?!って話よねw)

 

 

 

気持ちを記録

鈍感力はギフト。

気づかなければ、しあわせ気分のままでいられる。

 

楽しかったり、しあわせだったり、感動したり。

そのままでいいじゃない。

水を指すことないのにな。

しあわせ気分を減らしてまでも追及すること、断罪することってなんの意味があるんだろう?

 

わたしは正しい?

わたしは損したくない?

 

なんで脳内お花畑のまましあわせに浸っていられないの?

 

自分「が」選んだその何かを信じられないの?

それともそもそも幻想・妄想のフィルターで世界を見てるの?

なぜそのフィルターを選んだの?

自分が選んだってこと知ってるの?

自分を信じられないの?

 

たまにだけど。

ひねくれた解釈をする人たちが目の前に現れて、そのひねくれ模様にショックを受ける時がある。

確かに自分は、物事すんなり受け取り過ぎるし、よくわかってないのかもしれない。

それ故に嫌なことも多々あった。

だけど。

それでも、その都度自分の選んだ選択を信じて、自分「が」選んだことを再認識するだけ。

そうなんだ、なるほどー。

で終了。

 

モヤモヤしたらそのモヤモヤは何かを自分に尋ねる。

なにがヤだったの?って。

自問自答する。

そこすっ飛ばして、自分のモヤモヤの正体も不明なまま外に吠えない。

勝手な正義感や勝手な自分の常識振りかざして糾弾しない。

 

と、過去の自分へ伝えます。

今こうなってますよーわたしっ。

だから安心して大暴れしてOK!

 

 

この数日、悲しかったしちょっとくるしかったねっていう記録の日記。