塩加減いかが?

自分のイイ塩梅を求めて〜気ままな忘備録

違和感の覚え書き

同世代の価値観があまりに保守的だとびっくりする。

若い頃は古風な考えって括りで受け入れられていたことも、

時を経て大人になった今、

同じ感覚で"古風な"考えを口にされてもそれは若さがなくなった分、

「若いのにしっかりしてる」というより

「しっかり大人になった=OJNになった」固さ古さに仕分けられないか?

 

あら、お粗末だわって思った。

守られた中で小さな頃から仕事をしてきて、

同じような環境の子たちのように擦れることもなく、

周りの大人たちには結構恵まれていると端から見て思っていたのに。

世の流れを全く感じないほど固まった価値観披露なんて…!

こんなに多様化しちゃってるのに!

しかもその多様化を担っていると思ってたのに。

独自の世界観を確立したように見えてそれは単なるポーズでしかないっていうことなのかな?残念。

ファッションなのね、きっと。

思想もアートも。

本来の自分から出ているものではなくて、なにか外側のことを意識したパフォーマンスなんだね。

見抜けなかった自分よ、出直せ。

 

・家事がキツいからもう嫁をもらいたい

・嫁に(家事と家のこと)やってほしい

・仕事で忙しい自分の代わりに母の様子を見ててほしい

etc

 

これらの言葉が、女性という存在に対してそして妻・母という存在に対して

尊重のかけらもない発言っていうことに気付いていない時点でアウトかな?

(女性という存在が好きではないのかな?とも思うけど。ちょっとヘイト感じる…w)

もし本気でこういった人材を求めているのならそれは「身体が女性」の人ではなく、

「家事」「介護」のプロを探した方がよろしいかと。

なぜそれを「嫁」という役割の人にやってもらいたいのかしら?

強いては「おかあさん」のような愛情で自分を可愛がって愛してほしいのかしら?

 

「母」の愛と「他人」の愛は完全に別ものだよ。

おんなもおとこも、この地球上の生き物は「ママとママじゃないヤツ」っていう認識で生きているんだよ。無意識下で!

「ママ」の代わりはないのじゃ。残念ながら。どこにも。

それ混同して40近くまできてるんだとしたら…こわい…!

そりゃおつきあいもむずかしいことでしょう…。

全て「母の愛」が基準なんだもの…。

 

 

妻って自分の分身でもないし、ましてや使用人でもないんだよね。

これ当たり前だって思ってたんだけど違うのかな?

あ、そういう扱いを望んでる人もいるのかもしれないのか。

破れ鍋に綴じ蓋…

何かの代わりに夫の手となり脚となって家を切り盛りし、

家のこと夫の世話子供の世話を生き甲斐とし、

自分の人生ではなく何かの役割、誰かのためを生きることを選択する人。

それがおんなです!っていう人もいるのか?

そういう価値観てとっくに滅亡したと思ってたんだけど。

人のふんどしで相撲を取れる時代は終了してます。

自分のふんどしを締めて相撲とる!

立場がどうであろうと「自分」の人生は「自分」のもの。

役割が増えるだけで中身は変わらず「私」だよ。

 

 

 

 

ここ数ヶ月で自分の中の何かが変わってしまってのぅ…

ごまかしがきかんというか…

今までかなりの色眼鏡で見てきたんだって思ったですよ。

それがもう、効力なくて。

何十年と見てきたものがいきなり色褪せてしまった。

そんな自分にショックなんだけどね。

自分を粗末にしすぎて。

だって、色褪せてたはずだもの。

それをごまかし続けてきたのは彼らでなく自分。

惰性というださい感覚で。

 

違和感が

湧いてきたなら

無視すんな

 

 

 

 

 

 

 

唸るだけっす

昨日から急に思い立ってこの6年間くらいのノート&メモ整理をしてる。

ウソ、10年だ…オーラソーマを学び始めたときのノートもあるもん。

時の流れオソロシイ…。

 

しかし、必死だったのかね?(既に他人事)

なにか答えを欲してたんだろうな、っていうのがよく伝わるノートの量とメモの量。

ちょっとあの時代の自分が愛おしくなった。

その必死さのおかげで今、こんなぱっぱらぱーにでれーっと生きてます。

なので、大いに必死に苦しくなって逃げようとしてもがいてください。

未来は安泰!大丈夫だから。

 

ヒントは何回出てくる。

おなじことを何度も何度も。

本当に親切!宇宙の流れは。

(いや、いい加減学習して?!って話よねw)

 

 

 

気持ちを記録

鈍感力はギフト。

気づかなければ、しあわせ気分のままでいられる。

 

楽しかったり、しあわせだったり、感動したり。

そのままでいいじゃない。

水を指すことないのにな。

しあわせ気分を減らしてまでも追及すること、断罪することってなんの意味があるんだろう?

 

わたしは正しい?

わたしは損したくない?

 

なんで脳内お花畑のまましあわせに浸っていられないの?

 

自分「が」選んだその何かを信じられないの?

それともそもそも幻想・妄想のフィルターで世界を見てるの?

なぜそのフィルターを選んだの?

自分が選んだってこと知ってるの?

自分を信じられないの?

 

たまにだけど。

ひねくれた解釈をする人たちが目の前に現れて、そのひねくれ模様にショックを受ける時がある。

確かに自分は、物事すんなり受け取り過ぎるし、よくわかってないのかもしれない。

それ故に嫌なことも多々あった。

だけど。

それでも、その都度自分の選んだ選択を信じて、自分「が」選んだことを再認識するだけ。

そうなんだ、なるほどー。

で終了。

 

モヤモヤしたらそのモヤモヤは何かを自分に尋ねる。

なにがヤだったの?って。

自問自答する。

そこすっ飛ばして、自分のモヤモヤの正体も不明なまま外に吠えない。

勝手な正義感や勝手な自分の常識振りかざして糾弾しない。

 

と、過去の自分へ伝えます。

今こうなってますよーわたしっ。

だから安心して大暴れしてOK!

 

 

この数日、悲しかったしちょっとくるしかったねっていう記録の日記。

 

satujin的 香り

とある日の新幹線。

途中駅から性別、年齢、国籍不明(ってどうなの?)な人が通路挟んだ隣の席に着席。

途端にどこからともなく、強烈な香りが漂う。

とある世代には懐かしさ満点な、アレの…そう、一世風靡した某男性香水。

○ルトラ マリン…w

 

あら、まぁ…ごぶさたですね、お元気でした?…なんて香りを懐かしむ間もなくとにかく離れてくれないこの香り!!んなぁぁあぁあ!!!強烈!!!!!!

通路挟んでいるのに、隣で一瓶割っちゃったかのようなフルボリューム。

一気に空間が JI・GO・KU!!

 

そう、香り、匂い、臭いは無視できない。逃れられない。

どんなものでも。

自分がその場から離れなければ逃れることは決してできない。

それを効果的に使っているのがアロマセラピーだもの…。

わたしの副交感神経、ダイジョブ??

ステキな香り&スキな香りなら天国行けるのにね…。

離れる以外に臭いから逃れられる方法があったら教えてほしい。

 

あれかな?独断と偏見で物申すけど、アジア圏の人にこういうマリン系って人気がある気がするんす。

暑い地域で清涼感求めるからかしらん…なんてね。

どうやら私はウルトラマリン系に入っているなんかのノートが苦手だとつくづく。

 

因みに構成は↓↓↓

トップノート:ベルガモット、ウォーターフルーツ、ガルバナム、シクラメン

ミドルノート:ミント、ローズ、カルダモン、マダカスカルクローブ、セージ

ラストノート:セダー、オークモス、ベチバー、タバコ

 

…セージだったら私が不純物ってことやないかーい!浄化されてるやないかーい!

どこのノートにもアヤシい(個人的に苦手なの)香りがあるな…。

いやいや、たぶん付けたてではないと思うから〜えーーーっと…

……どれかわっからん(汗)

 

結論・臭い、より匂いを探求しよう!

 

アロ検保持者とは思えない雑な鼻を持つ者の独り言。

 

 

 

皐月は思い出がいっぱい

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8年前の私がこの豆粒のどこかにいる。


HOTEL GLAYのおもひで

3位 ひさっさんのカリウム0事件

2位 リーダー 爆泣き その姿はゴールデンレトリバーのよう

1位 私 人生初のインフルエンザにかかる


このDVDの副音声がめっちゃ面白い。

つか、この人たちの副音声は大体がハズレなしの面白さ。

2days参戦して、3日目にWOWOWのこのLIVE放送を観るために実家へ帰って、夜放送を観ながら段々と寒気に襲われたあの夏。

風邪かと思いきや新型インフルにかかり、あやうくニュースになるところであった。

タミフルで蕁麻疹が出てうなされ、リンパが腫れて口が開けられずご飯が喉を通らなくて三十路ながら泣きつつ素麺を齧ったあの夏。


懐かしいなー。

野外ライブの醍醐味は風や陽の光の自然さを感じながら音を楽しめるとこ。

自然光から電気の明かりに移る時が好き。

あー半日もここで一緒の時間過ごしてるんだなぁってしあわせで。

声も風に乗りどこまでも広がっていくのが気持ちいい。自然と一体化するのが好き。


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2年前の私がこの豆粒のどこかにいる。

MMHFのおもひで

3位 テッコ 白ジャケツ回収

2位  まさかのラスト名言「テルをよろしく!」

1位 ぶらっくまねー 映像のリーダー企み顔 全てを牛耳ってたのはやっぱリーダーだった件


確か会報でぶらっくまねーが出来た経緯の話をリーダーが

「尚がじろーとなんかやりたいって、き◯ききっずみたいのやりたいって話して速攻却下された」って話してたのがたまらん。ぷぷぷ。

二人の似通ったセンスゆえの距離感の測り方に戸惑う姿が確かにあちらのユニットともかぶる。

また観れるかしら?この二人の曲。




2005年、12年前にこの白いジャケットをドームに置いてきて、2年前に迎えにいき代わりに黒いジャケットを置いていった。

12年の間ほんと想像もつかない困難が彼らに降りかかって、正直またドーム公演ができるとは思えなかった時期もあって。

だけど「夢は絶対叶うんだ!」と絶叫してきた彼らが、ほんとに叶いそうにない夢を諦めずに次々に叶えていく姿を何度も見せてもらってきた。

4人プラス2人の絆の深さ、憧れたなぁ。

有言実行で爽やか。

LIVEはまるで学園祭のように楽しくて、老若男女みんな笑顔になる空間で。

どんな大きな会場でも彼らの優しさでライブハウスにいるような近さを感じる。

そんな彼らを心から応援していくのはとってもしあわせで楽しかった時間だった。


20周年をお祝いできたあの日、私の中で勝手にだけど荷が降りた感があった。

そして十数年継続してきたFCを辞め、開設当初から入っていたモバイル会員も辞め、アルバムだけ手元に残してアイテムを処分した。


大げさかもしれないけど、青春が完全に終わって新たなターンが訪れた時期なんだと思った。

音楽に助けられ、詩に助けられてきた時期があった。永遠のヒーローを眺めているのが至福の時だった時期があった。

そういう全ての時間に一度お別れする時が自然にきた。自分でもびっくりだったけど腑に落ちちゃった。


曲を聴くだけで、映像を観るだけでそんな煌めくあの頃に戻れるなんてしあわせ。

これこそお手軽なタイムマシン。

タイムマシンで逢いに行くスタンスに変わったんだなぁ。これからは。


違うバンドのファンの方で40数年ずっと応援されていて、その方が書いてるblogが好きでよく読ませて頂いている。本当に何十年もずっと応援してきて、情熱が少しも変わらない姿はとても素敵で。

こういう一ファンになりたかった!


今日はWOWOWで特集dayだったようでついながら見したのである。

これは単なる忘備録。











勝手に 傷つく

音楽の素晴らしさはその寛容さにあると思っている。

音楽で表現することに制限はなくて自由。

表現された音楽から感じることも自由。

この音色から季節を感じたり、喜怒哀楽。時間の長さやなんかも。無制限で表現できて感じられる。それが音楽のすばらしさだと私は思う。

 

どんな音楽が流れてきてもそこに何が込められているのか聴き取り感じ取るのが音楽に対するリスペクトだと私は思う。表現された音楽に対するね。どんな音楽でも。

 

そうやって聴くのが音楽を楽しむ、音を楽しむことだとおもってきたから。作り手側が音楽そのものをビジネスとして扱ったり、なんらかの手段の1つとして使うのを目の当たりにすると哀しくなる。

そして怒りが湧いてくる。

ばかにするんじゃないよ!音の無限な可能性を!!素晴らしさを!!って。聞く側も、ただ聞くだけじゃなく聴き取れよ!!って。

楽器博物館 へ 行く。

とにかくすごく見応えのあるラインナップ。よくここまで集めたなぁと感心する。

そして全ての楽器の保存状態の良さ。音楽、楽器を愛してることがわかる。純粋な興味を追求した結果なんだね。

 

後で気付いたんだけどイヤホンガイドがあったの。借りればよかった!

備え付けのイヤホンあるけど潔癖な私にはむーりー。しかし何度かはこの楽器からどんな音が出るのかの興味に抗えず、うっすら耳から離して聞いたけど。次回は必ず借りる!

 

ピアノのフロアは結構泣ける。

こんなに集めてこんなに綺麗に保存してあるんだってことに。

昔のピアノの美しさよ!家具としても文化財

ひとつひとつ、細工や色付けに拘りがある。

どんな貴族のもとでどんな音を奏でたんだろう。

ここ以外にもたくさんあるだろうピアノも見たくなる。

そして貴族の文化から庶民の文化への移行。そこももっと知りたい。

間口を広げる裏側にはビジネスあり。ビジネス挟むと芸術性は薄まる。なにごとも。

庶民的とは拘りをなくすこととよくわかった。

作曲家が愛した楽器で作曲したのだからほんとはその年代のピアノで弾かれるのが作曲家の真意が伝わる方法では?

 

弦楽器は持ち運びしやすいように工夫していく過程が面白い。そこまでして人間には音楽が必要かと。

ダンス講師が胸ポケットに入れていた小さいヴァイオリン、そういやそうよねーと考えればわかる「プレーヤーがない時代の音楽再現」。

人間の知恵と工夫って素晴らしい!

 

西洋楽器は遊びがあると思う。

飾りの彫り方、モチーフ選びから。彩り加えて楽しもうっていう感覚か?

アフリカ大陸の楽器は知恵の宝庫。涙が出てくる。

そして不均一な楽器から、一期一会。

そう、どんな大きさの木や石が手に入るかわからないもの。

 

アジアの国の楽器はとにかく絢爛豪華。豪華さが違うね、ギラギラしてる。わかりやすく豪華。色も。

醸し出す音も高くて速い音。空気の違い?

韓国の楽器はおおざっぱ。遊びなのか本気なのかデザインと色に戸惑う。虎が多い。

 

雅楽は韓国からと神楽の併せもの?大和民族はどこにいたんだろう。

日本の楽器は渋い。シンプルだけどめっちゃ拘りが細かい。地味。

 

シンセは懐かしいアイテムがいっぱい!器楽部で触ってた相棒がいたよ!

胸がいっぱいになって当時を思い出した。

あの頃から虚勢張って生きてきたわたし、おつかれ!!なんにもできることがなくて、重要なポジションにはつけなくて、無価値観の塊だったね。やってみたいことはたくさんあったけど、常に人の目を気にして言わなかったね。あの頃となにか変わってるかい?

触ってみたかった電子ピアノがあったよ。ボタンがいっぱいあって触ってみたかったんだ。オープンリールも。

 

シンセの時代は楽器を構築していく面白さがあったんだろうね。アナログをデジタルに。今はデジタルを人と繋げる面白さなのか。

アナログな楽器面白いよ。自分の手で音を作るの面白いよ。

 

ピアノひとつ今のピアノになるまでたくさんの人が関わって、熱い思いが形になったわけで。そこの思いを汲み取って乗せてくれる音が聞きたい。垂れ流しの音ではなくて。

昔を懐かしむ、ありがたがることを押し付けるんじゃなく思いを汲み取ることをお勧めしたい。

 

ここまで書いて、じゃあわたしはどんな音、音楽を聴きますか?好きですか?

そして、わたしは音楽が好きですか?