塩加減いかが?

自分のイイ塩梅を求めて〜気ままな忘備録

気持ちを記録

鈍感力はギフト。

気づかなければ、しあわせ気分のままでいられる。

 

楽しかったり、しあわせだったり、感動したり。

そのままでいいじゃない。

水を指すことないのにな。

しあわせ気分を減らしてまでも追及すること、断罪することってなんの意味があるんだろう?

 

わたしは正しい?

わたしは損したくない?

 

なんで脳内お花畑のまましあわせに浸っていられないの?

 

自分「が」選んだその何かを信じられないの?

それともそもそも幻想・妄想のフィルターで世界を見てるの?

なぜそのフィルターを選んだの?

自分が選んだってこと知ってるの?

自分を信じられないの?

 

たまにだけど。

ひねくれた解釈をする人たちが目の前に現れて、そのひねくれ模様にショックを受ける時がある。

確かに自分は、物事すんなり受け取り過ぎるし、よくわかってないのかもしれない。

それ故に嫌なことも多々あった。

だけど。

それでも、その都度自分の選んだ選択を信じて、自分「が」選んだことを再認識するだけ。

そうなんだ、なるほどー。

で終了。

 

モヤモヤしたらそのモヤモヤは何かを自分に尋ねる。

なにがヤだったの?って。

自問自答する。

そこすっ飛ばして、自分のモヤモヤの正体も不明なまま外に吠えない。

勝手な正義感や勝手な自分の常識振りかざして糾弾しない。

 

と、過去の自分へ伝えます。

今こうなってますよーわたしっ。

だから安心して大暴れしてOK!

 

 

この数日、悲しかったしちょっとくるしかったねっていう記録の日記。